コンサート会場の「アンザックホール」は、1916年に第一次世界大戦の兵士の休息所として建てられた、ニュージーランドの歴史的建造物(カテゴリー1)です。1919年以降は、戦没者を追悼する記念館として親しまれてきました。
第二次世界大戦中、近隣の「フェザーストン・キャンプ」は日本人捕虜収容所となり、1943年には日本人捕虜48名とNZ兵士1名が命を落とす暴動「フェザーストン事件」が起きました。その際、このホールは一時的な医療拠点や遺体安置所として使われた悲しい歴史を持っています。
私たちが2000年に初めてこの地を訪れた際は、地元紙に「ジャップの合唱団がやってきた」と書かれ、訪問先に掲げた日本国旗に抗議の連絡が寄せられました。当時の私たちは、自分たちの無知と歴史認識の甘さを思い知らされました。あの日、このアンザックホールで日の丸が平和にたなびく未来など想像すらできませんでした。(吉田)

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