2026年10月15日木曜日

Concert in Lobethal

 


 音楽を通した、友人「楽友」たちと紡ぐ、かけがえのない夜でした。

ロベサル・ハーモニー・クラブが豪州国歌と1ピースを披露。そしてCFのシューベルト歌曲。かつてドイツ系移民が切り拓いたこの街の記憶が、ドイツ語の調べと静かに共鳴したのだろう。一つひとつの歌が終わるたび、客席からは街の歴史を慈しむような深い拍手が湧き上がった。

 湯山先生のピアノソロ。YAMAHA C3は小型の可愛らしいピアノですが、ルーテル教会の懐豊かな響きに見事に合っており、美しくバッハを奏でました。

 世界の歌ステージでは、英語、ドイツ語、マオリ語など、さまざまな言語で歌われます。最後の讃美歌「How Great Tho Art」には満場のスタンディングオベーションが起きました。

合同曲「God Bless, Love's Always」(千の風になって)。青と黒のジャケットが交互に並び、声を合わせます。曲が終わると、お互い握手を交わし、団バッジや楽譜を交換しました。

  終始、我々の歌声を底支えしていたのは、教会の優れた音響のみならず、そこに集う人々の温かな眼差しでした。生来の明るさと大らかさを持つロベサルの人々との交流は、飾らない「古き良きオーストラリア」の精神そのものと感じます。この稀有な関係性を、今後も静かに、そして力強く育むことが私たちの望みです。


SUSHI !


 ルーテル教会小学校の校庭には、我々CF(コール・ファーマー)とLHC(ロベサルハーモニークラブ)が共に刻んできた交流の軌跡を物語るメモリアルプレートがあります。訪問ごとに鳥居やバードバスなどを設置してきました。今回は「神額」を友好の鳥居に取り付けました。これは升本弘先生の提案とデザインで、団員の須藤が数ヶ月かけて少しずつ彫刻をしたものです。「楽友」という言葉に音楽を通じての友情の想いを込めました。何とも晴れがましくも厳粛なセレモニー。純真な小学生たちや、温かく迎え入れてくれたホストファミリーに見守られながら、心地よい緊張感がそこには漂っていました。その瞬間をファインダーに収めようとCFカメラ班がシャッターを切ろうといていたその時、痺れを切らした一人から、静寂を切り裂く声があがりました。
「ワン・ツー・スリー・SUSHI !」
 ぐずぐずと合図の機を逸していたカメラ班をはるか後方へと置き去りにする、圧倒的な推進力を持った一撃。この唐突な掛け声に、言葉の壁を越えた大爆笑とともに「SUSHI !」の大合唱が巻き起こったのです。紆余曲折を経て偶然が生み出した、この「SUSHI !」という魔法のフレーズ。次なる舞台はカウラへ。これは使える思ったのは私だけであろうか。(山根)







2026年10月14日水曜日

日本人が初訪問客



 急なホームステイ先の変更で不安な私を迎えたのは、日本語が流暢な大男・クヌーフさん。
しかし、車中の会話は奇妙でした。「家までの時間は?」「今晩のステージ人数は?」「曲は憶えましたか?」という私の質問への答えは、見事なまでにすべて「I'm not sure」。
自分の生活すら把握していない彼に疑念を抱いたまま家に着くと、すべての謎が解けました。
「We came here 2 days before.」
 聞けば彼は、オランダの血を引き、大分県中津市で3年間、さらに香港で20年間も教壇に立ったという、筋金入りの国際派英語教師。最近ニュージーランドに帰国し、ネルソン男声合唱団に入団したばかりだと言います。なんと彼は引っ越し3日目。あの繰り返された「I'm not sure」は、新生活が始まったばかりの、嘘偽りない真実だったのです。

悪魔からの招待状



 午前6時30分、ニュージーランドのネルソン。「アップダウンの激しいコースと、フラットなコース、どっちがいい?」ホストファーザーのアンドリューさんが スタート直前、爽やかな笑顔でそう尋ねてきた。私は迷うことなく「フラット」という言葉の甘美な響きに飛びついた。それが、残酷な罠の始まりであるとも知らずに。
 アスリートの言う「平坦」など信用してはいけない。実態は起伏の激しい5キロの山道で、酸素を求め肺が悲鳴を上げる私の横を、彼は息一つ乱さず陽気に並走していく。永遠に等しい最後の1キロを死に物狂いで駆け抜け、私はボロ雑巾のように倒れ込んだ。
 だが、本当の絶望はここからだった。 「普段はここから海まで12キロ走るんだ。次は海まで一緒に行こう!」 朝陽を背にした爽やかな笑顔は、悪魔からの招待状にしか見えない。ネルソンの海風を笑って受け止めるには、私の体力はあまりにも脆弱すぎた。日本に帰ったら鍛え直しだ。

やってきましたロベサルに



 ニュージーランドのネルソンを8時半に出発。ウエリントン、オークランド、メルボルン、アデレードと乗り継いで、次の訪問地に到着しました。南オーストラリア州のアデレードから車で約45分のアデレード・ヒルズ地域に位置するロベサル(Lobethal)。1842年にドイツ移民によって開拓された歴史と自然が息づく小さな街です。街にはドイツ風の建造物が残り、人気のクラフトビール醸造所や伝統的なベーカリーで現地の食文化を楽しめるほか、冷涼な気候を活かしたワイン産地の中心として周辺には質の高いワイナリーが点在し、秋には美しい紅葉も堪能できます。
 私達は毎回ロベサルハーモニークラブのメンバーの皆さんにお世話になっています。
到着したのは21時。明日はコンサート。しっかり休んで英気を養います。(吉田)

さよならフェザーストン

 

 フェザーストン事件の記念碑と同じ敷地内にある第一次世界大戦の記念碑は、「フェザーストン軍事訓練キャンプ(Featherston Military Training Camp)」の跡地を示すものです。第二次世界大戦で日本人捕虜収容所となる前、この広大な敷地は第一次世界大戦時にニュージーランド最大級の軍事訓練キャンプとして使用されていました。
 つまり、現在のこの場所は、「第一次大戦でヨーロッパ戦線へと旅立っていったニュージーランド兵の記憶」と、その数十年後に同じ場所で起きた「第二次大戦での日本人捕虜の悲劇」という、二つの大きな戦争の歴史が交差する非常に重要な場所となっています。
 私達はそれぞれの追悼の碑に『How Grest Thou Art」「海」を献歌として捧げてまいりました。ホストファミリーのMarcas Harveyさんのバグパイプの別れの時をつげました。本当にお世話になり、ありがとうございました。



ネルソン音楽芸術センター


 ネルソンでのコンサートは、ニュージーランド国内で最高の音響を誇ると言われる「ネルソン音楽芸術センター」で行われました。私たちのコンサートにはピアノや雛壇の配置など細かなこだわりがあるのですが、若いホールマネージャーの方は、その一つひとつに終始笑顔で親身に対応してくださいました。そのおかげで、私たちは最高の環境で気持ちよく歌うことができました。
 終演後、心からの感謝を込めて握手を交わし、CFのバッジをお贈りしたところ、大変喜んでくださり、私にとっても非常に嬉しい思い出となりました。そしてコンサートは多くの方々に支えられて成り立っていると実感しました。(斎藤)