2026年10月11日日曜日
Concert at Featherston
2026年10月10日土曜日
ANZAC HALL
コンサート会場の「アンザックホール」は、1916年に第一次世界大戦の兵士の休息所として建てられた、ニュージーランドの歴史的建造物(カテゴリー1)です。1919年以降は、戦没者を追悼する記念館として親しまれてきました。
第二次世界大戦中、近隣の「フェザーストン・キャンプ」は日本人捕虜収容所となり、1943年には日本人捕虜48名とNZ兵士1名が命を落とす暴動「フェザーストン事件」が起きました。その際、このホールは一時的な医療拠点や遺体安置所として使われた悲しい歴史を持っています。
私たちが2000年に初めてこの地を訪れた際は、地元紙に「ジャップの合唱団がやってきた」と書かれ、訪問先に掲げた日本国旗に抗議の連絡が寄せられました。当時の私たちは、自分たちの無知と歴史認識の甘さを思い知らされました。あの日、このアンザックホールで日の丸が平和にたなびく未来など想像すらできませんでした。(吉田)
コンサートの朝に
2年間という休符を経て、ニュージーランドに私たちの音楽をお届けする朝がやってきました。
舞台となるフェザーストンは、私たちの再訪を祝福するかのような見事な快晴。
目覚めとともに外へ歩み出せば、沁み渡るような凛とした冷気が、微睡んでいた感覚を鋭く研ぎ澄ませてくれます。
庭先で愛らしくほころぶ三分咲きの桜は、まるでステージで満開の時を待つ「音楽のつぼみ」のようです。
胸の奥で早鐘のように鳴るはやる気持ちを静かな深呼吸でなだめました。
最高のハーモニーを響かせたい。魔法のように素晴らしい一日が始まりますように。(斎藤)
ただいまフェザーストン
オークランドを経由して風の街ウェリントンに到着。
そこからバスに揺られ、幾重にも曲がりくねったリムタカ峠を越えていく道のりは、まるでこの「2年」という空白の月日を一つひとつ手繰り寄せるための、静かで厳かなプレリュードのようでした。
街の記憶を静かに見守り続けてきたアンザック・ホール。その重厚な扉の向こうには、あの日と変わらない、待ち焦がれた笑顔がありました。「おかえり」という声が響くのと同じ速さで、私たちは磁石に吸い寄せられるように互いの腕の中へ飛び込みました。熱烈なハグ。その温もりが会えなかった時間をまるで一瞬の幻であったかのように熱く溶かしていきます。
澄み渡る空の下、止まっていた私たちの時計の針は、2年の時を経てふたたびカチリと重なり合い、歓喜の音を立てて時を刻み始めました。(吉田)
2026年10月9日金曜日
成田空港にて
言葉に尽くせないほどの深い感謝の念を一番大切な荷物として心に携え、私たちは搭乗口へと向かいました。(吉田)
2026年10月6日火曜日
いざ南半球へ!
濃厚な時間を共にして阿吽の呼吸を深め、最後まで堂々と歌い抜くスタミナも万全に仕上がりました。異国の舞台で放つ第一声。その緊張感は計り知れませんが、待ってくださっている現地の方々の拍手と笑顔を想像すると、心地よい武者震いが止まりません。
皆様への深い感謝と私たちの「本気」をトランクに詰め込み、最高の歌声を響かせてまいります!(吉田)







