この場所は、私たちとって、歌を通じた平和と友好の象徴とも言える大切な場所です。この地で1943年、日本人捕虜とニュージーランド兵が衝突し、両国に多くの犠牲者(日本人48名、NZ兵1名)を出した痛ましい「フェザーストン事件」が起きました。戦後、日系企業の支援で跡地に慰霊公園の整備が計画されましたが、戦争の深い悲しみの記憶から、当初は地元との話し合いや名称決定が難航していたと伺っています。私たちが現地への訪問を始めたのは、期せずしてそのような時期でした。私たちは音楽をお届けし、言葉の壁を越えた交流を続けてきました。美しく楽しい時間を共有する中で、地元の方々が少しずつ心を開いてくださるのを感じました。
私たちの常任指揮者である升本弘先生が、地元コミュニティへ「平和と和解の象徴としての公園づくり」の願いをお伝えし、その後、皆様の寛容な歩み寄りにより、「サクラガーデン」の名称が正式に決定いたしました。公園には犠牲者を悼む68本の桜が植えられています。
私たちの常任指揮者である升本弘先生が、地元コミュニティへ「平和と和解の象徴としての公園づくり」の願いをお伝えし、その後、皆様の寛容な歩み寄りにより、「サクラガーデン」の名称が正式に決定いたしました。公園には犠牲者を悼む68本の桜が植えられています。
長年の歩みを経て、2016年に私たちが名誉市民として迎えられ、両国の架け橋として尽力した升本先生が2017年に「NZメリット勲章」を受章されたことは、合唱団として身に余る光栄です。サクラガーデンは、地元の方々の寛容な心と、関わったすべての人々の平和への願いが結実した場所です。私たちはこれからも歴史を心に刻み、音楽を通じた友好の絆を大切に育んでいきたいと願っています。(吉田)

0 コメント:
コメントを投稿